History

クラッシュはウズベキスタンの文化遺産であり、国民の財産です。ウズベキスタンの先祖諸兄が持ち合わせている大胆不敵、実直さ、勇敢さがクラッシュに息づいています。ウズベキスタンの国技的格闘技の源流は、紀元前4世紀頃に見られます。格闘の王様としてイスラムでは有名であった Ali Chazrat(強者)、およびその子どもであるモハメッド(Mokhamed)らの時代(紀元前5〜6世紀)に国家的格闘技の人気が高まりました。

国技的格闘技がその盛り上がりの頂点を極めたのは、その当時にこの国を支配していたアミール・ティムール(Amil Temur)の時代です。彼は格闘競技の発展・保護に尽力しました。もっともこの時代には 400種類もの格闘競技が存在し、スポーツ競技、 国家競技、文化的なショーとして、そして格闘技術に分類されていました。ドイツの歴史家 German Wamber(1780年)の著書によると「Temirlan国家の富国運動が成功したのは様々な要因があげられるが、いずれもクラッシュの国民レベルの普及によるものが多い。また、クラッシュなどで訓練した若者たちを、率先して軍に採用したのが大きい。」としています。

格闘技クラッシュはスポーツ競技として、国技として、時代を超えて国民の伝統財産となっています。今も昔も、祝日や結婚式などの晴れの舞台ではクラッシュの試合がよく行なわれています。クラッシュにより勝利する心、力強さ、忍耐力、スピード、敏捷性、強靭な意志、勇敢さなどが養われます。

これまでのクラッシュの伝統的な選手は、Makhmuda Pakhlavana、Sapalak Pakhlanvan、 Koratosh pakhlavanなどが有名でトルクメニスタンの人々だけでなく、もっと遠方にも知られています。クラッシュは、思想家で詩人の Movaraunnakhra作、A.Navoi、Makhmud Kosgary、M.Z.の中でも紹介されています。

クラッシュの地域的分布はとても広くトルクメニスタン、カザフスタン、キルギスタン、タジキスタンなどの東アジア地域に広がります。

各地域の民族には各々独自の格闘技が存在しています。それらは世代を超えて受け継がれ、徐々に改良されていき、国家的な競技として今日に至っております。例えばカザフスタン、キルギスタン、およびトルクメニスタンでは、その土地の格闘技をKURESと呼び、アゼルバイジャンではGULESH、グルジアではチダオバ、トルコではカラコザック、ロシアではサンボ、モンゴルではクルード(Crude)、韓国ではシルム(Sirlem)、日本では相撲、柔道などです。お互いによく似た競技なので、以上の国々の各競技選手はクラッシュの試合でも活躍しています。1991年からウズベキスタンのクラッシュ連盟は、これまでの発展などを研究し、クラッシュ競技に新しいルールを採用しました。Mr.Kamil.T.Yusupovが、クラッシュをウズベキスタンのスポーツとして提唱しました。それは現代にマッチした競技であるからです。

国際試合に新しいルールが採用されてから、国際試合も毎年開催されています。例えば、アミール・ティムール杯、MAKHMUD PAKHLAVAN杯、AL-KHAKIM杯、AT-TERIZMI杯などが行われ、大統領杯の大会ではウクライナ、アフガニスタン、イラン、トルコ、韓国、カザフスタン、キルギスタン、タジキスタン、ロシア、トルクメニスタン、アゼルバイジャン、グルジアなどから 200余名の選手が集い技を競っています。

今日、ウズベキスタンでのクラッシュの競技人口は 100万人を数えます。各地域や村で多くの人々がクラッシュに取り組んでいます。クラッシュの更なる発展と普及のために新ルールを普及させ、選手と審判の責任や権利を明確にするとともに、然るべく世界のスポーツにしていく必要があります。クラッシュは新しいルールが採用され発展しております。競技運営、レフリーおよび選手の責任や義務を明記したルールでは、レフリーや選手、並びに競技のことを十分に配慮したものとなっております。

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